
※本コラムは、上田篤盛先生との共著「防諜論」(2024.育鵬社)からの抜粋記事となります。
古代中国の兵法書『兵法三十六計』にもあるハニートラップ
中国による諜報・工作活動の手法でしばしば取沙汰されるのが、「ハニートラップ」(甘い罠)だ。元々、旧ソ連のソ連国家保安委員会(KGB)の得意とする工作活動であり、高級売春婦などを使ってターゲットを陥れ、情欲を発端に脅迫や懐柔によって協力者として獲得するものである。
中国情報機関もKGBに負けず劣らずこの方法を駆使している。そもそも、中国兵法書『六韜【りくとう】』には「厚く珠玉を賄いて、娯【たのし】ましむるに美人を以ってす」「美女喚声を進めて、以ってこれを惑わす」とある。『兵法三十六計』にも「美女の計」がある。中国の古典では、女性の誘惑により政権が崩壊に至ったことがしばしば描かれている。つまり、ハニートラップは中国の伝統的な常套手段なのである。
二〇〇三年、最大級のハニートラップ事件が発生した。カトリーナ・レオン(中国名・陳文英)という中国系米国人女性が、中国の国家安全部の指令の下で、FBI捜査官二人と性的関係を結んで米側の機密情報を窃取し、それを中国に流していたのである。
レオンが注目されるようになったのは、一九九七年十一月の江沢民・国家主席(当時)の初訪米時である。江は、ロサンゼルスの中国系米国人コミュニティの年次晩餐会に主賓として招待された。その時、レオンは通訳と司会進行役を務めた。その後、ロサンゼルスの中国系米国人社会で名声を博するようになった。(デイヴィッド・ワイズ著『中国スパイ秘録 米中情報戦の真実』)
この事件は、中国情報機関の国家安全部が、背後でレオンに対して中国要人との人脈形成を支援していたことを物語っている。
(第3回おわり)