※本コラムは、上田篤盛先生との共著「防諜論」(2024.育鵬社)からの抜粋記事となります。
日本企業の買収劇で暗躍する人物
次も筆者(稲村)があるIT企業A社の経済安全保障観点を含むリスク評価を実施した際に偶然発覚した事案である。
A社の代表は中国人趙氏(仮名)であるが、趙氏のこれまでの経歴を確認していたところ、不可解な動きが見えた。
それは、趙氏が役員に就任した日本企業がことごとく買収されていたのだ。
買収を行った主体は、日本企業やファンドが主であり、資本関係や中国系役員の存在など、中国と強い関係にあり、一部メディアから中国との関係を指摘されているファンドも存在した。買収を行った企業の中には、後述する趙氏のビジネスパートナーが関与するものもあった。
買収された企業は、主として中小企業でありながら、ニッチトップに近い特異な技術を有していた。
ある企業は、「知人の紹介で知り合った趙氏は非常に人当たりもよく優秀だったので役員として招聘したが、積極的に中国企業への身売りを提案してきた。趙氏は日中で極めて広い人脈を持ち、買収案も文句ない内容だったので、趙氏の意向に沿って買収が進められた」と話す。
なお、趙氏を紹介した「知人の男性」の妻は在日中国人である。
調査を進めると、趙氏のビジネスパートナーで中国人男性の強氏(仮名)が浮上した。
強氏は、日中双方で、趙氏と同じ企業で役員を務めていた。また、中国の科学技術発展計画に関与する研究者でありながら、日本で複数の買収に関わっていたことが判明した。
後に、周辺関係者への調査から強氏が趙氏に強い影響力を持っており、強氏の指示のもと趙氏がビジネスを行っている状況が確認された。
このように、人的ネットワークを駆使し、日本企業に入り込み買収を斡旋している構図が存在する。これらの買収行為には一切の違法性はないが、合法的なM&Aを通じて、ニッチトップに近い特異な技術が流出されることには要注意である。
ちなみに、この趙氏が仲介する買収劇は、技術獲得に関するものだけではない。エンターテインメント業界における中国企業が関わった買収劇にも関与している。エンターテインメントはプロバガンダツールとしても利用されているのである。
(第2回おわり)