経済安全保障における技術流出対策とは -対策の全体像-(第2回)
- 稲村 悠
- 2 時間前
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技術流出対策の全体像
企業が技術流出を防ぐための対策は、以下のような段階的なプロセスで整理できる。この流れ自体は情報セキュリティやコンプライアンスの分野とも共通するが、「経済安全保障」の観点を加えることで、優先順位の付け方や具体的な対策手法は大きく変わってくる点に留意する必要がある。

重要技術の棚卸・評価
技術流出対策の出発点は、守るべき情報の明確化である。まずは、自社が保有する技術情報の全体を棚卸し、その中でも特に重要度が高い情報を選別する必要がある。これには、技術の保管場所、管理体制、アクセス権限を洗い出すことが含まれる。
次に、棚卸した技術について、「市場・業界における重要性」「国家戦略上の位置づけ」「代替可能性」「流出時の影響度」など複数の観点から評価することが望ましい。この段階では、サプライチェーン上のチョークポイント評価も効果的である。
素材、プロセス、設備、人材、ノウハウ、インフラなどを要素分解し、それぞれについて依存度や代替可能性、供給途絶リスクを評価することで、流出のリスクが高い構成要素を可視化できる。
脅威評価
次のステップでは、流出リスクにさらされる技術に対し、「誰が・なぜ・どのように」狙ってくるのかという観点から脅威プレイヤーを特定・評価する。脅威プレイヤーがその技術を本当に必要としているか(意図)、その技術を得る手段を持っているか(能力)、実行可能な状況にあるか(機会)を見極めることが鍵となる。
たとえば、ある技術Xについて中国が関心を持っているか否かは、「中国製造2025」「外商投資奨励産業目録」への記載の有無や、該当分野の特許出願状況を分析することで、ある程度定量的に把握することができる。こうした脅威評価によって、企業は対策の優先順位を適切に設定することができる。
漏洩シナリオの抽出・評価
評価が済んだ重要技術の中から、特にリスクが高い上位20%程度に焦点を当て、それらに対する漏洩シナリオを構築していく。このシナリオには、外的脅威と内的脅威の両方を含める必要がある。たとえば、合法的な買収や研究協力を装った流出、あるいはインサイダーによる情報持ち出しなどが該当する。
作成した漏洩シナリオは、「実現可能性」「影響度」「現行の予防体制の有効性」「経済安全保障トレンドとの関連性」といった評価軸に基づき分析し、危険度の高いシナリオに優先的に対処する。
この段階では、机上訓練(TTX)やブラックボックス方式(一部の社員にのみ訓練を知らせるリアル演習)を通じて、実際にどこまで検知・対応できるかを検証する。訓練を通じて発見された脆弱性に対しては、具体的な対応策をワーキンググループ等で検討し、可視化・改善していく。
なお、シナリオ構築では「違法・合法を問わず」「内外の脅威を問わず」幅広く想定することが重要である。ある技術が特定社員のノウハウに依存している場合、その社員がリクルートされてしまえば、当該技術は失われかねない。こうした“属人化された知見”もまた、見落とされがちな漏洩リスクである。

技術流出対応訓練の重要性
例えば、ある社員が重大技術をUSBにコピーし、海外の転職先へ持ち出すシナリオを想定した場合、どこで誰が止めるべきだったか、USB使用を全面的に遮断する現実的可能性、代替手段としてのモバイル端末管理の在り方、さらには従業員のモラルや不満といった「人的脆弱性」が引き金になっていなかったかなど、技術・制度・人の観点から多くの改善点が抽出される。
こうしたリアルな訓練を繰り返すことにより、経済安全保障の観点で技術管理の重要性が社内に浸透し、従業員のリスク感度や意識も飛躍的に向上する効果がある。
これは、サイバー領域におけるTLPT(Threat-Led Penetration Testing)に通じる考え方であり、実際、国際原子力機関(IAEA)が核セキュリティにおいて採用する「Preventive and Protective Measures Against Insider Threats」とも類似する点がある。
ただし、IAEAのガイドラインでも、実際の漏洩シナリオをもとにした演習までは踏み込んでいない。経済安全保障の文脈では、机上訓練やブラックボックス方式のリアル演習を定期的に実施し、実行可能性・検知能力・対応体制を検証・強化することが強く推奨される。

これらのサイクルは一巡で終わるものではない。まずは最重要技術の上位20%を対象に対策を講じ、次に中位・下位の技術群へと範囲を広げていく。技術領域での対応が完了すれば、人事情報などの“準重要情報”にも段階的に保護対象を広げていくことが望ましい。
筆者が企業の現場を支援する中でしばしば目にするのは、「脅威評価」や「漏洩シナリオの抽出」といった下準備をせずに、セキュリティ強化を一律に導入し、開発現場や製造現場から反発を受けてしまうケースである。
技術流出対策において最も重要なのは“現場の理解と協力”であり、これなくして制度だけを導入しても形骸化する恐れがある。
そのため、筆者は、技術棚卸の段階から現場の声を丁寧に吸い上げ、訓練後の対策検討においても社内にワーキンググループを組成し、実効性ある改善策を共同で設計していくアプローチを重視している。
一方で、情報の集約と統制は必要であり、これらの対策全体を統括する専門部門の設置と運用については、別途後述する。
(次回「人的脆弱性管理と組織体制の整備」に続く)