
グローバル競争と地政学リスクの高まり
現在、日本では「経済安全保障推進法」(2022年)が成立し、基幹インフラにおけるリスク管理措置を企業に求めるなど、技術流出を防ぐ官主導の取り組みが加速している。最近では、財務省が、海外企業による対内投資の際に外国国家の情報活動に協力する企業を「特定外国投資家」として指定し事前届け出を義務化する方針を示すなど、具体的な規制が進行中である。
一方、国際的な視点では、地政学リスクの高まりを背景に、先端技術や機微情報の価値が急速に増大している。これらの技術の応用範囲が広がる中で、軍事利用と民生利用の区別は一層困難になっており、外為法などの法規制だけで技術を守ることは限界がある。技術流出は、内部不正や合法的な買収といった多様な経路から発生するため、企業による自助努力が不可欠である。
経済安全保障における技術流出対策では、サイバー攻撃への対応、内部関係者による不正行為の防止、さらには国家や競合企業による意図的な情報収集活動への対策を含む。これら対策を体系的に導入することで、企業は重要な情報や技術を守りつつ、ステークホルダーからの信頼を確保し、長期的な競争力を維持することが可能となる。
技術流出対策は、現代の企業経営において不可欠な戦略的要素なのである。
日本における技術流出

図表1は、近年日本国内で発生した技術流出事件の一例を示している。これらは、いずれも明確な違法行為として立件されたものである。 しかし、現実には違法行為だけでなく、リクルート活動や合法的な企業買収、共同研究を装った技術獲得といった、巧妙かつ多様な手法が用いられている。違法・合法の境界線を巧みに突いた手段は、表面化しにくく、検知・対処が遅れるリスクが高い。
たとえば、国家アクターによる活動の一部は、警察庁の『警察白書』でも明記されており、対日有害活動を行う国としてロシア・中国・北朝鮮が挙げられている。特にロシアおよび中国は、従来型の諜報活動にとどまらず、合法的な経済行為を装った技術獲得にも注力しており、国家主導で長期的かつ組織的に動いている点が特徴である。

このような外的脅威に加え、企業内部からの不正な技術持ち出し、いわゆる「インサイダーリスク」も深刻な脅威である。特に近年では、外的脅威の担い手が、内部関係者を金銭・思想などの動機で教唆し、インサイダーとして活用するケースも報告されている。 このように、外的脅威と内的脅威は密接に結びついており、両者を切り分けて対策を講じるのは難しい。よって、技術流出リスクへの対応においては、両者の連動性を十分に認識する必要がある。

また、外的脅威は、企業買収や共同研究の名目で合法的に見える形で技術獲得を試みるケースもある。特に注視すべきは、サプライチェーン上の「チョークポイント」、すなわち特定の重要技術や部品に依存する構成要素である。国家アクターがこうした企業を標的に買収を仕掛けることで、技術情報の取得のみならず、物資供給網の寸断といった戦略的な影響を及ぼすリスクもある。
このような行為は、表向きは合法的な経済活動に見えるため、発見や抑止が難しく、情報収集やリスク兆候の早期察知が極めて重要となる。
一度流出した技術は、その性質上、回収や封じ込めが非常に困難であり、その影響は対象企業の経営基盤を直撃する深刻な結果を招く。技術流出は、単なる知的財産の損失にとどまらず、競争力の喪失や国際的な信頼の低下、さらには国家安全保障上の重大なリスクに直結する恐れがある。
したがって、技術流出のリスクを未然に防ぐためには、企業内部における包括的なリスク管理体制の構築とともに、外的・内的脅威を総合的に捉えた多層的な対策が不可欠である。経営層が主体的に関与し、法令遵守だけでなく、戦略的視点から経済安全保障リスクに向き合うことが、今後の企業経営における重要な責任といえる。
(次回「技術流出対策の全体像」に続く)